【あの頃イタリアで その14 悪夢の30分間イタリアントーク】

投稿者 :佐々木英理子 on

こんにちは。今日の関東地方は良いお天気ですね。西日本に遅れること約2週間。関東もいよいよ梅雨入りするらしいので、取り合えず洗えるものは全部洗い、バルコニーではためく洗濯物を眺めながらパソコンに向かっているところです。あの頃のミラノはもっと暑かったな~なんて思い出しながら・・・

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教室の窓から差し込む日差しが一気に真夏化した7月の下旬、私は窓から離れた席に着き、背中を流れる汗に仰け反りながらイタリア語講座の教師、黒髪クルクル天然パーマヘアのキアラの話に全神経を集中していた。が、そのわりにはあくびが止まらない。

デザインスクール開講前に外国人を対象としたイタリア語講座が始まってから今日でちょうど2週間が経つ。12人の生徒全員がようやくクラスの雰囲気に慣れ、心に若干の余裕が出て来た頃、それを待ちわびていたかのようにキアラは嬉しそうにこう告げた。

「は~い、みなさ~ん、来週から毎日一人ずつ順番に30分間のフリートークをしてもらいますよ~!お題は自由です。何でもいいから話したいことをとにかく30分間イタリア語で発表してください。」

クラス一同どよめく。いやいやそんな無茶な話があるわけがない。これは完全に私の聞き間違いに違いないと思い、授業が終わってからヒョンギョンに駆け寄り説明を求めた。イタリア語が分からない日本人が、これまた分からない韓国人にイタリア語で解説してもらうという謎。しかしこれが不思議と通じるのである。そこにイケメンポールとサールもやって来て、「嘘だろ~!俺そんなのできないよ~!無理だって!」と口を揃えて嘆いている。これはもう間違いないようなのだ。

人前で話すことさえ苦手な私がイタリア語で・・しかも30分間・・・1人で話す?これはもう生き地獄以外の何物でもない。順番からして私は5日目。その間に目覚ましいイタリア語の上達が望めるわけも無く、かと言って大物政治家の如く病院に匿ってもらえるほど偉くも無い。一体全体どうすれば良いのだ~!!そして頭を抱えること丸二日、ようやく開き直った私はおもむろに大判の模造紙を広げ、色鉛筆24色セットを駆使してせっせと作業を始めた。30分間も頭の中の単語だけで言葉を繋ぐのはどう考えて無理なので、これはもう模造紙やらホワイトボードやらを駆使して図解を頼りに話すしかない。もちろん得意のジェスチャーも忘れてはならない。

そして迎えた当日、私が自らに課したお題は“スキューバダイビングについて“。バブルの頃、一大ブームを起こしたスキューバダイビングをその頃の私も漏れなく趣味と称していた。ダイビング機材一式のイラストとイタリア語での呼び名を書き込んだ模造紙を広げ、ほぼそれらを読み上げる形で無事発表を終えた・・・ように見えたがなんと、まだ持ち時間が10分も残っている!どうする私?!そこでとっさに思い付いたのがダイビング仲間の体験談である。(注:お食事中の方、気分がすぐれない方はこれ以降の観覧はお控えください

 

ダイビングのインストラクターほどの腕前を持つ私の友人はその日一人で沖縄の海に潜っていた。と、急激な便意が彼を襲う。しかしそこは水深25mの海底である。急浮上すると肺に損傷を追ってしまう危険性があり、例え浮上できたとしても陸地まで間に合いそうにない。さあどうする?彼は意を決し、急いで身に着けた機材を外し腕に引っ掛け、器用にウェットスーツのファスナーを下ろすと、なんと海底25mで排便を果たしたのである。海底で放たれたそれは水圧を受け、まさに金魚の糞のように細長~く上方に漂ったという。と、そこに群がる夥しい数の色とりどりの熱帯魚たち。彼曰く、それはもうこの世のものとは思えないほど美しかったとのこと・・・。しかしその光景に陶酔している彼はほぼ素っ裸なのである。確かに別の意味でこの世のものとは思えない・・・。

 

この話を身振り手振りで必死に話したのだから、クラスメイトは涙を流して大笑いしてくれた。そしてあっという間に30分経過。やった!終わった!しかも大ウケ!手ごたえあり!

授業終了後、クラスメイトの笑い声の余韻を引きずりながら満足気に席を立った私をキアラが呼び止めた。トイプードルのようなフワフワの黒髪に埋もれたその顔は明らかに不機嫌である。・・・嫌な予感・・的中。

「エリコ!イタリアでは人前でウ〇コの話をしません!そんな話をするのは子供だけです!私はあなたの話を聞いていてとても恥ずかしかった!今後あんな話をしてはいけません!」

「・・・すみません・・・気を付けます・・・もうしません」急激なる意気消沈。ヒョンギョンとイケメン2人組が廊下から心配そうにこっちを覗いている。いや、違う。その顔は必至に笑いを堪えているようだ。

その後、がっくりと肩を落として帰宅した私を心配する良美さんに、その訳を話さない訳にはいかず、力のない声で事の成り行きを話して聞かせた。

「あなたね~!日本人がみんなウ〇コの話が好きみたいに思われるじゃない!恥ずかしいから止めて!」きっぱり。

 「は~い・・わかりました~」追い打ち的撃沈。

そしてまた早々に眠りにつく私であった。やはりこんなときは寝るに限るのである。

 

つづく・・・

※この思い出話の舞台は1994年-1996年のイタリアです。スマホはおろか携帯電話やデジカメ、パソコンすら一般家庭に無い時代であり、主な通信手段は国際電話かFAXでした。

 

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