【あの頃イタリアで その27 ヌッチョが町長連れて来たイエイ♪】

投稿者 :佐々木英理子 on

こんにちは。良い週末を迎えていますか?

私はようやく2週間のPOP-UPを終え、溜まっていたデスクワークに追われております。窓の外の雲の合間にちらりと見える青空が恨めしい・・・。夕方の散歩を楽しみにもう少しがんばるぞ!

さて、長年の友となるシチリアじいさん"ヌッチョ"と出会い、私の旅は目まぐるしく展開していきます・・

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初対面でいきなり私をバカ呼ばわりしたじいさんの名は”Caserta Agostino(ガゼルタ・アゴスティーノ)、通称”Nuccio(ヌッチョ)”。どうやって縮めるとガゼルタ・アゴスティーノがヌッチョになるのか未だに理解できないが、とにかく島の人々はみんな彼のことを「ヌッチョ!ヌッチョ!」と呼んでいた。

ウスティカ島の町を見下ろす↓

バールを探し回る私に、「お前はバ~カか!」と言ってヌッチョは目の前の建物を指差した。

「バールならお前の目の前にあるだろ!」

「あ・・・」日本の縄のれんのようなもの(イタリアでは何と呼ぶのだろうか?)で入口を覆われているため中は見えないが、その横に小さく”BAR(バール)”と書かれた看板が見える。

「ありがとう!」ホテルオリエンタルのシチリアじいさんの思い出が頭をよぎり、感謝を告げてさっさとその場を離れようとすると、ヌッチョが私を呼び止めた。

「お前は一人なのか?」

「あ、はい。」

「イタリア語は話せるのか?」

「え~と、少しだけ」

「・・そうか、バールを出たらここへ戻って来い。いいな。」

え~どうしよう・・またしてもシチリアじいさん登場かあ・・・困った。しかし悪い人には見えない。それに、戻って来いもなにも広場はバールの目の前なのだから、バールを出る=広場に戻るなのである。逃げようがない。

毎日通ったマリオのバール

大きなミネラルウォーターのボトルを抱えてバールを出ると、私の顔を見るなりヌッチョがこう言った。

「お前は何をしにこの島へ来たんだ?」

「え~、スキューバダイビングをしに来ました。」

「・・・そうか、じゃあわしが島のダイビングショップまで連れてってやるから、まずは宿に荷物を置いて来い。で、宿は?」

「よ、よ、予約してあります!」と、何故かとっさに嘘をついて見上げたその先にホテルの看板が見えたので、えいや!っとそこに決めた。

一旦ヌッチョと別れた私は、逃げる気になればそうできたのだが何故かそうしなかった。(逃げたって絶対見つかるほどの小さな島である)

ホテルの部屋にリュックを下ろし、窓から見える海を堪能する間もなく言われるがままに広場に戻ると、ヌッチョがせっかちそうに歩きながら手招きをする。ここまで一切の思考を遮断され、操り人形状態の私は、とてつもなく速足のじいさんの後ろを黙って追って行く。

ウスティカ島のダイビングショップ↓

ついさっきリュックを担いで必死に上って来た階段を、いとも簡単にガンガン降りて行き、突き当りの港を左に曲がるとスキューバダイビングと壁に書かれた小さな建物が見えた。

ヌッチョは建物の前に着くなり「だ~めだ!閉まってる」と言うが早いか、近くで作業をしている男性に何やら現地語で捲し立て、話が済むとくるりと踵を返して戻って来るなり私にこう言った。

「これから町長の車で島のダイバーを探しに行くから一緒に来い!」

「へ?」2回目のへ?である。

先ほどの男性が電話をしてくれたのか、ものの数分で1台のおんぼろ車が坂道を下って来た。

「やあ!こんにちは!さあ乗って乗って!」

いきなりウスティカ島の町長登場!!

島に到着してから町長登場までわずか1時間半。私はろくに言葉も発しないまま、ズ~っと呆気にとられたままだ。

 

つづく・・・

※この思い出話の舞台は1994年-1996年のイタリアです。スマホはおろか携帯電話やデジカメ、パソコンすら一般家庭に無い時代であり、主な通信手段は国際電話かFAXでした。

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