【あの頃イタリアで その54 イタリア版・番町皿屋敷の恐怖 -その1-】

投稿者 :佐々木英理子 on

こんにちは。先週はブログをお休みしてすみません!横浜での1週間の期間限定ショップを無事に終え、今は来週から始まる新たなイベントの準備をしているところです。

さて、今回と次回のあの頃は、イタリア語が分からないが故の失敗談です。ホントにアホなのがバレそうで怖い・・・広い心で読んでください!(笑)

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私がミラノに戻ったのは11月の初めのこと。9月中旬にミラノを発ってから、実に1カ月半もの間日本でのんびりしてしまった。

イタリアを初めヨーロッパではほとんどの学校が10月に新学期を迎えるが、私が通うデザインスクールが始まったのは118日。私立とはいえかなりのんびりしたスタートである。そのくせ12月になると鬼のように授業を詰め込むのだから生徒はたまったものじゃない。きっとまた課題に追われて寝不足の毎日がやって来るに違いないのだ。

日本からのお土産とストック用の食料をパンパンに詰め込んだスーツケースを引きずりながら、良美さんと同居するミラノのアパートに帰ったその日、同じフロアの2軒隣に住むおばあちゃんと共用廊下でばったり会った。

「お~!えりこ!やっと帰って来たんだね!日本の家族は元気だったかい?」

「ありがとう。みんな元気だったよ!」

「それは良かった!ところで、バカンスの間はお世話になったね~。お陰で助かったよ!」

あ・・・そうだった!嫌なこと思い出してしまった・・(汗)

 

それはその時から遡ること約3カ月前、8月の初めのことである。

その日も私はそのおばあちゃんと共用廊下でばったり会った。するとおばあちゃんはこの時を待ちかまえていたかのようにいきなり早口で話しかけて来たのだ。

「お~えりこ!〇×△■○○▲□■××○○■△△・・お皿!大丈夫?お皿!」

おばあちゃんの滑舌が悪いのか、はたまた訛りの強いイタリア語なのか・・・いや、あまりに早口なので私が聞き取れなかっただけなのであろう。話の内容はさっぱり分からないのだが、とにかくおばあちゃんが「ピアット(お皿)ピアット(お皿)」と何度も言っているのだけは聞き取れる。

僅かな手がかりから相手が言っていることを連想ゲームのように想像(もしくは創造)して分かったつもりになってしまうのが私の悪い癖である。(だからイタリア語が上達しない)そのときも “ピアット(お皿)” でピンと来た(来てしまった)。

きっと晩ご飯に招待してくれているに違いない! 我ながら恐ろしいほどの思い込みであるが、とにかくそのときの私はそう信じて疑わなかった。心の奥底に潜む願望がそう導いたのであろうと思われる。言葉は通じなくても美味しい手料理があれば何とかなるだろう!とまで考えた。

OK!いつ?」

「そうだね~。明後日はどう?」短い言葉はなんとか聞き取れた。

「うん!大丈夫!」

「お~!ありがとう!では明後日ね!」

このときなぜにおばあちゃんは“ありがとう”と言ったのか・・少し違和感を覚えたが、不幸にも、それにも勝る激しい思い込みによってもみ消されてしまった。

 

そして2日後のご招待当日、手ぶらでお伺いしては失礼かと思い、私は学校帰りにいつもよりも少しだけ贅沢な白ワインのボトルを購入し、アパートへ帰った。おばあちゃんとの約束の時間は私が学校から帰る夕方6時。壁掛時計の針は6時を指そうとしている。

さ~てそろそろお伺いしようかな?どんなイタリア料理をご馳走してくれるんだろう?楽しみ~!そうだ!ワイン忘れないようにしないと!と浮かれていたそのとき、玄関のインターホンが鳴った。

悲劇の幕は切って落とされたのである・・・

つづく・・・

 

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