イタリア留学思い出ブログ【あの頃イタリアで】

【あの頃イタリアで その61 猫と分かりあうまでの1週間③】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その61 猫と分かりあうまでの1週間③】
2匹と1人の同居生活2日目。今日は1995年1224日、聖なる夜。海外からやって来たクラスメートはみんな家族と過ごすためにそれぞれの国に帰ってしまった。ミラノ残留組の私はなんの予定も無い。今日も淡々と良美さんに言われた通り、朝晩2回サンボとマルにご飯をあげる。晩ご飯は昨晩同様、キャットフードの他に魚の切身を蒸し焼きにしてほぐしたもの。自分のご飯もまともに作れない私にとっては大仕事である。

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【あの頃イタリアで その60 猫と分かりあうまでの1週間②】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その60 猫と分かりあうまでの1週間②】

クリスマスを目前に控えた1995年12月23日、良美さんは本当にスウェーデンに旅立ってしまった。私と2匹の愛猫を残して・・・。

「あ~あ、君たちのお母さん本当にスウェーデンに行っちゃったね~」

その夜、足元でジッと私を見上げる2匹に向かって呟いてみた。いつもは2匹揃って私のそばに寄ってくることなんてないのに、やっぱり猫なりに寂しいのかな~と思う。

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【あの頃イタリアで その59 猫と分かりあうまでの1週間①】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その59 猫と分かりあうまでの1週間①】

私と良美さんが暮らすミラノのナビリオ地区にあるアパートメントには2匹の猫がいた。というよりも、私が良美さんのところに転がり込むずっと前から、良美さんは猫を飼っていたのである。

小柄なグレーのトラ柄猫「マル 」(推定5歳のメス猫)といかつい黒猫の「サンボ 」(推定4歳のオス猫)。私の薄い記憶によると友人が保護した捨て猫を止む無く引き取ったとのことだったが、良美さんはこの2匹の猫たちを我が子のように可愛がっていた。

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【あの頃イタリアで その58 病的睡魔の挙句の連帯責任】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その58 病的睡魔の挙句の連帯責任】

私はその授業が嫌いであった。別にパソコンが嫌いだったわけではないが、その授業を担当していた教師がとにかく嫌なやつだったのである。年の頃40代前半くらいのイタリア人、パソコンよりも格闘技が似合いそうな無骨な感じの男性。その髭面の教師の本名はあの当時も今も不明であるが、なぜかみんなにピッツィと呼ばれていた。

この教師、人種差別的思考があるのかどうか、イタリア人には優しいのだがなぜか他国からやって来た学生には辛く当たるのである。私もよくそのイライラの標的にされ、授業中に理不尽なことで怒鳴られたものだ。

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【あの頃イタリアで その57 だからストーリーなんて覚えていない】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その57 だからストーリーなんて覚えていない】

私がミラノで暮らした1994年から1996年の約3年間で、映画を観に行ったのはたったの3回。別に映画に興味が無いわけではなくむしろ好きなのだが、どうしても言葉の壁が私を映画館から遠ざけてしまっていた。

その当時、イタリアで上映されていた映画は潔いほど字幕無しのイタリア語吹替え版のみであった。トム・クルーズだってハリソン・フォードだって、ペラペラのイタリア語なのである。俳優の地声を聞くことができないのはかなり残念であるが、英語もイタリア語も分からない私にとって、言ってることが理解できないという状況に変わりはない。

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