イタリア留学思い出ブログ【あの頃イタリアで】

【あの頃イタリアで その66 日本人はできるんです!④】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その66 日本人はできるんです!④】
二度目の電熱線切断という衝撃・・・。深く考えれば考えるほどダッグと向き合う勇気は消え失せて行くので、一度頭を空っぽにしてオフィスに向かう。そしてドアをノックする前に思い切って外から大声で叫んでみた。
「ごめんないさい!また切れた!」
無言でドアを開けたダッグが笑顔であるはずがない。
「また?」それだけ言うとツカツカと作業室に向かい黙って電熱線を張り直す。

続きを読む →

【あの頃イタリアで その65 日本人ならできるでしょ?③】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その65 日本人ならできるでしょ?③】

あっという間に就業時間の午後6時。

結局その日は図面に書かれている等高線を発泡スチロールに書き写す作業で終わってしまった。(もちろんこの時代に3Dレーザーカッターなるものは無い。)

「時間なのでそろそろ帰っていいですか?」廊下からそう呼びかけると、すぐにダッグがオフィスから顔を出した。

「で、どこまでできた?」眉間に皺を寄せてそう尋ねる彼に等高線を書き写した発泡スチロールを差し出す。 

続きを読む →

【あの頃イタリアで その64 ”ちゃんとした”アルバイトなのですが②】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その64 ”ちゃんとした”アルバイトなのですが②】

面接の翌日、私は午前の授業を終えるとクラスメートのマルコとミレーナからのランチの誘いを体よく断り、真っすぐにアルバイトに向かった。なんてったって今日からミラノの設計事務所で働くのである。かなり緊張するが、ちょっとだけ誇らしくもある。

学校近くの停留所からトラムを乗り継ぎ、設計事務所が入っているビルに着くと昨日と同じく1階エントランスのインターホンを押した。

続きを読む →

【あの頃イタリアで その63 今度こそ”ちゃんとした”アルバイト①】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その63 今度こそ”ちゃんとした”アルバイト①】
良美さんから紹介してもらった設計事務所の面接の日、私はミラノの運河沿いにあるとあるビルの前の歩道から4階の窓を見上げていた。住居とオフィスが混在しているらしいそのビルは、良美さんと暮らすアパートメントから徒歩で約15分、週末になるとマーケットが開かれる運河脇の明るい小道に面していて日当たりも良い。半年前に恐る恐るドアを開けた怪しいアルバイト先とは雲泥の差である。

続きを読む →

【あの頃イタリアで その62 いろいろな意味でのカウントダウン】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その62 いろいろな意味でのカウントダウン】

良美さんが無事にスウェーデンから帰国し、私が猫たちとの初めてのお留守番任務を終えた頃、ミラノは新年へのカウントダウンムード一色に包まれていた。去年は日本へ帰国したので、今回がミラノで迎える初めての新年である。

良美さんと二人きり(と二匹)で過ごす大晦日ではあるが、その日は朝から大忙しであった。まずは食材の買い出しをしに二人で近所のマーケットに向かう

続きを読む →