【あの頃イタリアで その46 マジックミラーの裏で蠢く怪しい面々②】

投稿者 :佐々木英理子 on

19957月。忙しかった年度末テストが終わり、クラスのみんながホッと一息ついていたであろうあの頃、私は生活費を稼ぐべく、怪しいお店で店員として働いていた。当時の手帳には細かく時給計算をした痕跡が痛々しく残っている。

さて話を前回に戻します・・

怪しいアルバイト初日の朝に水道水入りペットボトルの洗礼(前回参照)を受けた私は、そのショックも冷めやらぬまま由美子さんと一緒に1Fの売場へ行き、ショーケースの中の商品を整える作業に取り掛かった。

その作業がひと段落した午前10時。オープンとほぼ同時に玄関のブザーが鳴った。にわかに店内がざわめき出す。店の奥から店長のアルベルトが足早にやって来て勢いよく入口の扉を開けた。と同時に大型バス一台分の日本人観光客らしき人々が続々と店内に入って来た。その先頭に立って大声で案内をする女性が1人。日本人に見えるが肌は浅黒く、お化粧とファッションはミラネーゼ風。ツアーの現地添乗員に違いない。

「みなさ~ん、ここはミラノで一番お土産の品数が揃っていてお値段も安いお店ですよ~!お土産を買うなら絶対ここがお薦めで~す!」・・え?そうなの?

御一行様が全員店内に入ったのを確認し、由美子さんがマイクを持って店内の説明をする。さすがベテラン店員だけあって最高の笑顔で淀みなく話す。そして一通り取扱いブランドの説明をした後にこう付け加えた。

「お買い物に疲れた方はこの下の階に休憩室とトイレがございますので、そちらで休憩してください。それと、冷蔵庫にはミネラルウォーターをご用意していますのでご自由にお飲みください。では皆様、ごゆっくりお買い物をお楽しみくださいませ!」・・・なんとまあ!彼女は爽やかな笑顔で言いのけた。私は一人、罪悪感で天井を見上げる。

もやもやと罪悪感を引きずったまま、実践的接客研修が始まった。今日は丸1日由美子さんのアシスタントとして接客のお手伝いをするのだ。

バブル崩壊後とは言え、その当時の日本人御一行様の購買意欲はまだまだ凄まじかった。レジに向かう60代位のご婦人は〇ッソーニのセーターを10着くらい抱えている。向こうでは40代位の女性が〇ルサーチのバックを5個も両手に下げている。はたまたこちらでは50代位の男性が〇〇ミランのユニフォームを山ほど買い物かごに詰め込んでいる。店の奥にあるレジは大忙しだ。

嵐のような1時間が過ぎ、店員全員でご一行様を出口までお見送りした。慣れない仕事に神経が磨り減りしばし放心状態になって売場に突っ立っていると、突然玄関のドアが開き見送ったはずの現地添乗員が1人で店内に戻って来た。そのままズカズカと店の奥に入って行き、店長のアルベルトと笑顔で二言三言会話をし、なにやら封筒を受け取っている。

横目で不思議そうに見ている私に気付いた由美子さんが説明をしてくれた。

「あ~あれね、添乗員はこの店に観光客を連れて来ると売上の10%貰えるのよ。いい商売よね~!さっきは100万くらい売り上げたから10万円は受け取ったわね!」・・・え!・・しばし沈黙する私。

「・・だからあんなにこの店をお薦めしていたんですね!」そしてこの後の由美子さんの言葉に、私は自分の耳を疑う。

「日本人も良くあんなにお金使うよね~!本物か偽物かもわかんないのにさ~。うちよりも安いお店いっぱいあるしね~。」・・え?今、偽物って言った?

「あの〇ッソーニとは〇ルサーチとか・・・に!に!偽物なんですか?!!」小声で叫ぶように聞き返す。

「いやいや私もきちんと調べた訳じゃないからさ~。だけど本物だったらあんなに安く売れるわけないと思わない?そもそもこの店、マフィア経営だし。」

・・・う、う、うそでしょ~~!!もはや声も出せない私の表情を見て由美子さんはケラケラと笑いながら言う。

「あれ?エリコさん、まさか知らなかったの?」

「・・・・。」

私の感は当たっていたのだ。この店はやっぱり普通ではなかった。それどころかマ、マ、マフィアって!しかしそう思うと全て納得がいく。店内が見えないミラー張りの窓、水道水入りのペットボトル、偽物のブランド品・・・お金に困っているとはいえ、私はなんてところに来てしまったのだ!

 

つづく・・・

※このお話はノンフィクションですが、登場人物の名前は仮名です。(たま~に本名あり)
※この思い出話の舞台は1994年-1996年のイタリアです。スマホはおろか携帯電話やデジカメ、パソコンすら一般家庭に無い時代であり、主な通信手段は国際電話かFAXでした。
 

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