その日の早朝、いきなり枕元の電話が鳴った。「まったく~こんな朝早くに一体だれ~?」と寝ボケながらもボヤキつつ受話器を取る。「はい、もしもし~、もしもし~」受話器の向こうで誰かが何かを言っている。「すみませ~ん、どちら様ですか~?」「え~と、だから誰ですか~?!」やや苛立ち気味の私に電話口の人が大笑いしている・・・そこでふと自分が寝ていた部屋を見渡した私、そして気付いた「あ~!ここイタリアだったのだ!」
ホテルのフロントのお兄さんがクスクス笑いながら電話を取り次いでくれたのはこれから2年間お世話になるインテリアデザインスクールの担当者であった。満足にその国の言葉が話せない人間にとって、電話で話すことほど苦痛なものは無い。それでも何とか途切れ途切れに聞き取れる単語をかき集めると「明日の午後2:30に学校に来い。とにかく来い。なんでもいいからまず来い。」と言っているらしいことが分かった。
人生初のトラム(イタリアの路面電車)に乗り、希望の停留所で下車するという難関を必死でクリアし、学校に辿り着いた私を出迎えてくれたのはラウラという美しくも気さくな若い女性。ろくに会話もできない私の意思を超能力者のごとく読み取り、テキパキと書類に記入していくラウラ・・・が、しかし、そんな一生懸命なラウラを尻目に、私の眼はある一点に釘付けであった。彼女が暑そうに髪の毛を掻き上げる度にフワフワと揺れる長さ5㎝もあろうかと思われる長い脇毛!これは全く「ごめんごめん、処理するの忘れちゃった~」的なレベルではない。明らかに育んでいるのである!「これは事件です!」とひたすら頭の中で呟いている私をよそに、あっという間に入学手続きは完了。その脇毛の秘密を知ったのは数か月後のこと。カトリック信者が多数を占めるイタリアでは、体に刃物を当てることがタブーとされているため、体毛を剃らない人が多いとのことであった。
ようやくラウラから解放され教室を出た私の背後から「コンニチハ!ニホンジンデスカ?」と呼び止める声がする。振り向くとそこにはあっさり系イケメンとこれまたこってり系イケメンの男の子が二人、仲良くベンチに脚を組んで腰掛けながらニコニコとこちらを見ているではないか!・・と言っても明らかに私より年下、しかもかなり下に違いない。当時の私は既に20代後半、彼らは前半。それくらいの差はあった。
こってり系イケメンはこの後、入学手続きを済ませた外国人を対象に開催されるイタリア語教室で、私と並ぶ落ちこぼれっぷりを発揮することになるイスラエル人のサール。あっさり系はこの後2年間、色男っぷりを発揮する韓国人のポール。まさかこの半年後、脇毛美人ラウラと色男ポールのカップルが誕生することになるとは・・この時は知る由もなかったのです。
つづく・・・
※この思い出話の舞台は1994年-1996年のイタリアです。スマホはおろか携帯電話やデジカメ、パソコンすら一般家庭に無い時代であり、主な通信手段は国際電話かFAXでした。