【あの頃イタリアで その69 大人顔の子供たちはたまにケンカするのである】

投稿者 :佐々木英理子 on

こんにちは。大変お待たせいたしました。長かった期間限定ショップを終え、ようやくおとなしくデスクの前に座っております(笑)

ということで本日は少しだけ長めに書き込みました。前回大風邪を引いてしまった私のその後をどうぞ・・・

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ミラノ市内の病院に行った日から寝込むこと3日間。そして4日目の朝が明けた・・・。「完全復活!」と言いたいところだが、今回の風邪はそう甘くはないようで、咳と喉の痛みがしぶとく残っている。しかし今日は何としてでも卒業設計に取り掛からねば、次のミーティングに間に合わない。

喉を除けば体調はだいぶ良くなった気がするので、取りあえず起き上がって "ブランデー無し" のホットミルクにたっぷりのお砂糖を入れて飲んでみた。荒れた喉の粘膜に痛いほど染み渡る。アルバイト先である設計事務所には良美さんが保護者の如く「しばらく欠勤」の連絡をしてくれていたので、なんとか集中して卒業設計のプラン作りに集中することができた。

 

「エリコ、おまえ顔色悪いぞ。」

チームミーティングのその日、マルコが開口一番にこう言うので、実はひどい風邪を引いて病院へ行き、その後3日間寝込んでいたのだと説明した。と、次の瞬間、マルコから耳を疑うような言葉が・・・

「そうだったのか~!そりゃ~大変だったな!だけどおれだったら病院なんか行かないで熱々のホットミルクにブランデー入れて飲んで、ぐっすり寝るけどな!」

「・・・・!」こ、こ、こやつも ”ミラノ民間医療ブランデーミルク飲め飲め推進会” の一味だったのか!

「それさ、タクシーの運転手さんに同じこと言われて試してみたら、全部吐いちゃったんだけどね。」

「・・・・。」マルコ黙る。

「やっぱりあれだな!最近おまえはバイトばっかりやってるから体力落ちてるんだよ!よ~し!わかった!体調が良くなったら久しぶりにミハイルを誘って自転車で遠乗りしよう!」

その一週間後の良く晴れた日曜日、私とマルコ、お調子者ミハイルの3人は春を待つばかりの3月のミラノ郊外でマウンテンバイクを走らせていた。目指すは“ミラノ3(トゥレ)”。先に造られた“ミラノ2(ドゥエ)”に続く、ミラノ郊外の大規模な新興住宅地である。

そんなところに行ってなにが楽しいんだろうと思ったが、楽しみはその道すがらであった。地図に向かってミラノ中心地の左側を流れるランブロメリディオナーレ川沿いに、樹木が立ち並ぶ小道が伸びている。3月初めの今はまだ緑豊かとは言えないまでも、様々な植物が今か今かと芽吹くのを待ちわびている気配が感じられる。

川向こうの古びた納屋の手前にある小さな庭で白いアヒルが数羽。背伸びをしながら羽をバタバタさせてくつろいでいる。その隣の庭には椅子に腰かけて農機具の手入れをする老人が二人。世間話に花を咲かせているようで、時折高らかな笑い声が聞こえて来る。

そんなおとぎ話のような景色を眺めていたら、あっという間に“ミラノ3”が見えてきた。ミラノ中心地から車で20分程度のこの町は何もない土地に町を丸ごと造ってしまったようで、何もかもが新しい。

町の中には綺麗に整備された人工の川が流れ、ピカピカの遊具が整った公園で子供たちが楽しそうに遊んでいる。その向こうには公園を見渡すようにおしゃれな高層マンションが建ち並んでいて、学校も郵便局もスーパーも、全て整った完璧な町だ。

へ~、イタリアにもこんな町があるんだ~と、景色を眺めながらのんびり自転車を走らせていると、マルコが急にこんなことを言う。

「オレ、結婚したら家族とこんなところに住んでみたいな~。」

「へ?」聞き間違いかと思った。イタリア人は古き良きモノをこよなく愛する国民なのではなかったのか?

「こんなピカピカの町のどこがいいんだよ!」一瞬、私の心の声かと思いきや、すぐ隣を走っているミハイルの声であった。なるほど、アテネに実家を持つミハイルはイメージ通り、古き良きモノを愛するギリシャ人なのであった。

この言葉を皮切りに、その後も口が達者なミハイルと、たまに合いの手を入れる私から散々なダメ出しを喰らい続け、何気に語った将来の夢を心無い二人に全否定されてしまったマルコはすっかり無口になってしまった。

来た道よりも随分遠く感じる帰りの道すがら、ミハイルが能天気に話しかけるもマルコが返す言葉は少ない。ようやくミラノ中心地に到着し、3人それぞれの帰路に就こうとしたとき、ようやくマルコが口を開いた。

「エリコ!今度のミーティングはちゃんとしたプラン持って来いよ!この間の全然ダメだったぞ!」

「はああ~?!!」なんで今ここでその話?こ、こ、こいつ!こんなに性格悪かったっけ?!

「あんたもね!今度こそちゃんとしたの持って来いよ!」売り言葉に買い言葉・・・私も大人気ない。傍らでニヤニヤ笑っているミハイルまでもが腹立だしい。

 

 「あら?楽しくなかったの?」

分かりやすい仏頂面で帰宅した私を見て良美さんが不思議そうに訊ねる。

「いや、そんなわけではないんだけど・・・。」ぶつぶつぶつ・・・

ベッドに入り、罪の無い天井を睨みつけながら「二度とあいつらと自転車に乗るもんか!」と子供のように心に誓ったその夜。

その誓いは1週間も持たなかったんですけどね(笑)

 

つづく・・・

※この思い出話の舞台は1994年-1996年のイタリアです。スマホはおろか携帯電話やデジカメ、パソコンすら一般家庭に無い時代であり、主な通信手段は国際電話かFAXでした。

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