こんにちは。すっかり秋めいて来ましたが、風邪引いてないですか?寒暖差に弱い私は毎朝鼻が詰まり、その度に風邪を引いてしまったのでは?とドキドキしています。やっとやって来た行楽日和に風邪引くなんてもったいな過ぎますよね!
さて、今日のあの頃は、なぜか突然、亀の産卵から始まります(笑)
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「おーい!おまえたちー!早く起きろー!カメが!カメが卵産んでるぞー!」
“は?カメ・・・それって亀?”
手探りで掴んだ枕元の腕時計はまだ5時を過ぎたばかり。
“ここはどこ?ナゼに亀?そして・・・マルコでもオスカルでもないこの声の主は一体誰?”
頭の中も髪の毛もグチャグチャなまま、取りあえずテントのファスナーを開けて外を覗いてみる・・・が、やはり全く状況が呑み込めない。
「ほら!カメラ持って早くこっちにおいで!」
見知らぬおじさんが私に向かって一生懸命に手招きをしている。
寝ボケ状態で言われるがままバックからカメラをまさぐり出し、スニーカーを引っかけてヨタヨタとおじさんの元へ。
「あ・・・亀だ・・・ホントだ!亀が卵産んでる!」
庭の囲いの中にいる亀の一匹が産卵している最中であった。おじさんに急かされて慌ててカメラのシャッターを切る。
↓ 肝心の卵が写っていない(笑)
その後、ジッと亀の産卵を眺めているうちに、徐々に昨夜の記憶が蘇って来た。
それは昨日の夕暮れのことであった・・・
「どうするマルコ?もうすぐ暗くなっちゃうよ!」
不安気な私とオスカル。
「こりゃまずいな・・・」
と言うマルコ隊長の言葉に更に不安が募るその他二人。
しかし、いくら見渡せど村はおろか建物一つ見当たらない。もしドローンで空から見下ろすことができたのなら、暮れ行く大地のド真ん中に小さなゴマ粒が三つ見えたに違いない。
“これはいよいよ道端で寝るしかないのか・・・”と、全員が諦めかけたその時、数百メートル先にポツンと一つ、民家らしき灯りを見つけたのだ。
↓ やっと見つけた民家(翌朝撮影)
快く家の敷地にテントを張らせてくれた上に、シャワーまで貸してくれたその家の住人は60代くらいの優しそうな夫婦。
なんでも彼らの息子もまたその昔、自転車であちこち旅をしてたくさんの人にお世話になったそうで、私達の突然の訪問を他人事とは思えなかったとのこと。呼び鈴を押したマルコ隊長の悲壮感に満ちた顔が相乗効果を与えたに違いない(笑)
※↓ 夕暮れに彷徨った辺り
早朝、私たちをたたき起こしたのはここの恰幅の良い主であった。
「おまえたちはラッキーだよ!亀が卵産むところなんて滅多に見れないぞ!ワッハッハッハ!」
と豪快に笑っている。
おじさんの勢いに任せて寝ぼけながら写真を撮ったものの、なんであんなに朝早く起きて亀の写真を撮らねばならなかったのか・・・と、今になってやや解せなくなってしまった私は引き攣り笑いだ。
朝ごはんは焼き立てのパン・・・と言いたいところだが世の中そう上手い具合にはいかない。そもそも私たちは夕暮れギリギリに飛び込んで来た招かれざる客である。そんな贅沢なんか言える立場ではないのだ。
私たちはバスルームを借りて顔を洗った後、終始笑顔の夫婦に感謝と別れを告げ、奥さんからすまなそうに手渡された朝ごはん替わりのクラッカーを大事に握りしめて次の目的地へと旅立ったのである。
↓ まだ余裕がありそうに見える三人
まだまだ遠いトスカーナの宝石、シエナ。
出発前、民家の主に教えてもらいながら現在地からシエナまでを地図で辿ってみると、やはりそう簡単に辿り着けそうな道のりではないことが分かった。予想通りどこかでもう一泊することになるだろう。
スマホがないこの時代、頼れるのはコンパスと地図、そして4日目にしてやや怪しくなってきた体力と気力のみ!
幸いにも今のところ天気は見方をしてくれている・・・が、しかし、この後私たちはこの旅一番の予期せぬ難所に突入(迷い込む)することになるのである。
つづく・・・
※この思い出話の舞台は1994年-1996年のイタリアです。スマホはおろか携帯電話やデジカメ、パソコンすら一般家庭に無い時代であり、主な通信手段は国際電話かFAXでした。