イタリア留学思い出ブログ【あの頃イタリアで】

【あの頃イタリアで その65 日本人ならできるでしょ?③】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その65 日本人ならできるでしょ?③】

あっという間に就業時間の午後6時。

結局その日は図面に書かれている等高線を発泡スチロールに書き写す作業で終わってしまった。(もちろんこの時代に3Dレーザーカッターなるものは無い。)

「時間なのでそろそろ帰っていいですか?」廊下からそう呼びかけると、すぐにダッグがオフィスから顔を出した。

「で、どこまでできた?」眉間に皺を寄せてそう尋ねる彼に等高線を書き写した発泡スチロールを差し出す。 

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【あの頃イタリアで その64 ”ちゃんとした”アルバイトなのですが②】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その64 ”ちゃんとした”アルバイトなのですが②】

面接の翌日、私は午前の授業を終えるとクラスメートのマルコとミレーナからのランチの誘いを体よく断り、真っすぐにアルバイトに向かった。なんてったって今日からミラノの設計事務所で働くのである。かなり緊張するが、ちょっとだけ誇らしくもある。

学校近くの停留所からトラムを乗り継ぎ、設計事務所が入っているビルに着くと昨日と同じく1階エントランスのインターホンを押した。

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【あの頃イタリアで その63 今度こそ”ちゃんとした”アルバイト①】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その63 今度こそ”ちゃんとした”アルバイト①】
良美さんから紹介してもらった設計事務所の面接の日、私はミラノの運河沿いにあるとあるビルの前の歩道から4階の窓を見上げていた。住居とオフィスが混在しているらしいそのビルは、良美さんと暮らすアパートメントから徒歩で約15分、週末になるとマーケットが開かれる運河脇の明るい小道に面していて日当たりも良い。半年前に恐る恐るドアを開けた怪しいアルバイト先とは雲泥の差である。

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【あの頃イタリアで その62 いろいろな意味でのカウントダウン】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その62 いろいろな意味でのカウントダウン】

良美さんが無事にスウェーデンから帰国し、私が猫たちとの初めてのお留守番任務を終えた頃、ミラノは新年へのカウントダウンムード一色に包まれていた。去年は日本へ帰国したので、今回がミラノで迎える初めての新年である。

良美さんと二人きり(と二匹)で過ごす大晦日ではあるが、その日は朝から大忙しであった。まずは食材の買い出しをしに二人で近所のマーケットに向かう

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【あの頃イタリアで その61 猫と分かりあうまでの1週間③】

投稿者 :佐々木英理子 on

【あの頃イタリアで その61 猫と分かりあうまでの1週間③】
2匹と1人の同居生活2日目。今日は1995年1224日、聖なる夜。海外からやって来たクラスメートはみんな家族と過ごすためにそれぞれの国に帰ってしまった。ミラノ残留組の私はなんの予定も無い。今日も淡々と良美さんに言われた通り、朝晩2回サンボとマルにご飯をあげる。晩ご飯は昨晩同様、キャットフードの他に魚の切身を蒸し焼きにしてほぐしたもの。自分のご飯もまともに作れない私にとっては大仕事である。

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